弥生時代の遺跡で有名なもの3つ

弥生時代の事をよく知るには、当時人々が暮らしていた遺跡を調べることが一番です。

なぜなら、弥生時代の集落の遺跡には人々の暮らしていた痕跡が多く見つかるため、それを調べることで当時の人々のことが詳しくわかるからです。

弥生時代の遺跡は数多くあり、それぞれいろいろな特徴を持っているため、それらすべてがある分野では有名な遺跡と呼べます。

そんな弥生時代の遺跡から、あえて3つ、ある特徴で有名な遺跡を紹介します。

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日本最大級の遺跡

弥生時代の有名な遺跡として最初に挙げるのは、日本最大級の遺跡です。

その名も、吉野ケ里遺跡。

学生の教科書にも取り上げられるほど有名な遺跡なので、知っている方も多いはず。

弥生時代を通して最大級の規模を誇っている環濠集落である吉野ケ里遺跡。

この遺跡はまだどこにあったかわかっていない邪馬台国の候補の一つともされています。

更に、二階建ての建物、そして物見やぐらに高床式倉庫など、弥生時代のあった建物が発掘されています。

これらの建物は中国の『魏志』倭人伝で書かれている弥生時代の倭国の国にあったとされるものであり、弥生時代の事を知ることが出来る貴重な遺跡となっているため、有名なのです。

稲作はここから

次の遺跡は菜畑遺跡。

この遺跡では縄文時代の終わりごろに作られ、使われていた土器と一緒に日本で最古の水田跡が発見されたことで有名な遺跡です。

この菜畑遺跡のある場所は稲作が海から伝わった時、初めてその技術と文化が上陸したとされています。

この遺跡で発掘された石包丁のつくりも海のむこうの土地、朝鮮半島と一緒であったため、日本最初の稲作農耕地である可能性が高いとか。

弥生時代の遺跡、菜畑遺跡は稲作が始まったとされる日本最古の水田跡で有名な遺跡なのです。

弥生時代の代表は

弥生時代に人々が住んでいた集落跡である遺跡は全国各地で数多く発見されており、どれもにそれぞれの特色を見て取ることが出来ます。

では、そんな弥生時代の遺跡の代表として有名な遺跡はどこだといえるでしょうか。

ここでは、弥生時代の代表的な遺跡として大塚・歳勝土遺跡を紹介します。

現在の神奈川県にあった大塚・歳勝土遺跡は決して吉野ケ里遺跡のように大きな遺跡ではありません。

弥生時代の中頃の遺跡であり、100人ほどが住んでいた遺跡です。

ここは、周りに堀を巡らせた環濠集落であり、近くには方形周溝墓も発見されています。

この遺跡のように環濠集落がはっきり確認出来る事、更に一緒に墓も確認できる遺跡は珍しいため、弥生時代を代表する遺跡だといえます。

ここでは3つに絞って有名な遺跡を紹介しましたが、それ以外でも違う面から見て有名な弥生時代の遺跡はまだまだ数多くあります。

弥生時代の遺跡は、それぞれが大きな特徴を持っているのです。

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