弥生時代に求められたリーダーの役目とは

一言でリーダーといっても、リーダーには多くの種類があります。

その集団が一体どんな集団なのかによってもリーダーの役目は変わっていきます。

集団を代表する人物でもあり、その集団をまとめ上げ、より良い方向に行くように導く役目を持っていたりと、どんな時代であっても集団の中で大きな役割を担ってきたリーダー。

では、縄文時代や弥生時代の頃には、いったいどんな役目をもつリーダーが求められたのでしょうか。

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時代で違うリーダー

人類の歴史が始まったばかりの縄文時代の頃、集団で暮らしていた人類にはすでに統率者としてのリーダーがいました。

ただ、縄文時代のリーダーに求められていたのは、あくまでもその集団の統率者としての役目であり、それらの集団を導くタイプではありませんでした。

集団を導くためではなく、その集団をまとめるためのリーダーが求められていたのは縄文時代には貧富の差や身分の上下などがなかったためだとされています。

しかし、そんな縄文時代のリーダー像は弥生時代に入ると少し様子が変わっていきます。

王としてのリーダー

縄文時代から弥生時代に変わると、人間のまとまりの様子も変わっていきました。

大きな変化は、身分の上下や貧富の差がつくようになったこと。

例えば弥生時代の邪馬台国には、大人や下戸などの貧富の差があったことがわかっています。

縄文時代に「ムラ」だった人々の集団は、弥生時代に入っていくつか強力な集落が出現し、「クニ」と呼ばれるまとまりになっていきます。

そして、その「クニ」を代表する王こそが、弥生時代のリーダーです。

縄文時代とは大きな違いが生まれた弥生時代の集団の中で、自然とリーダーに求められる役目も違っていきます。

争いも起こるようになり、身分の上下もできた弥生時代の集団の中では、リーダーは統率者としてだけではなく、戦いのときに命令を下す役目も果たすようになったのです。

更に、弥生時代のリーダーは大きな権力を持つようになっていきました。

外国が認めたリーダー

縄文時代の権力をもたないリーダーに比べ、弥生時代では身分や貧富の差が出来た人々の集団を率いて戦いの際に命令を出すなど、求められるリーダーの役目も変わっていきました。

そんな弥生時代のリーダーたちの特徴が、権力を持ち、さらに外国と交流を持っていたこと。

弥生時代で人々のリーダーであった王は、中国や朝鮮半島に使者を送り、金印やその土地のものを持って帰らせることで、多くの富を手に入れることが出来たのです。

そんな弥生時代のリーダーのなかには、邪馬台国を統べる卑弥呼がいました。

卑弥呼もほかの集団の王たちと同じように、外国と交流を持とうと使者を送っています。

そんな卑弥呼に対し、魏の皇帝からは「親魏倭王」という称号と多くの銅鏡が送られています。

弥生時代のリーダーは、それまでなかった権力を持ち、更に外国との交流で富を手に入れられる地位にいたのです。

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