弥生時代から現代にかけて、生活の仕方や人々の住む環境は変わり続けてきました。
時代によるその変化は人々を取り巻く環境を変えただけではなく、人そのものにも変化をもたらしています。
例えば、顔つきもその一つ。
縄文時代から弥生時代にかけて、人々の顔つきに変化が起こったのです。
弥生時代になぜ顔つきが変わっていったのか、そしてその変化をもたらしたのは一体何だったのでしょうか。
弥生人を知るにはここから
縄文時代と弥生時代では、人々の顔つきが変化していたことがわかっています。
しかし、そもそも弥生時代の人がどんな顔つきをしていたのかはどうやってわかるのでしょうか。
当時人がどんな顔つきだったのかを知るには、骨を調べることでわかります。
弥生時代の人骨がたくさん発見された遺跡に、土井ヶ浜遺跡があります。
この遺跡からは砂丘の上の墓地から約200体もの人骨が見つかっています。
この遺跡の発掘が皮切りとなって日本各地で人骨が発見され、少しずつ弥生時代の姿、そして人々の顔つきが明らかになっていったのです。
縄文人と弥生人
そうやって少しずつ明らかになっていった弥生時代の人の顔つき。
では、縄文時代の人の顔つきからどう変わっていったのでしょうか。
縄文時代と弥生時代の人の違いとしては、弥生時代の人のほうがやや背が高く、顔が上下に長いことがあげられます。
更に彫りが浅めで目は一重、鼻は低めなのが弥生時代と縄文時代の人の顔つきの違いです。
ただ、弥生時代の人全員の顔つきがそういった変化を見せていたわけではなく、地域によって縄文時代の顔つきの人が多いなどの変化を見て取ることが出来ます。
では、そういった変化が起こったのはなぜだったのでしょうか。
なぜ顔は違う?
縄文時代と弥生時代の人の顔つきが違う理由、そしてそもそも顔つきに変化が起こった理由は同じです。
大きな鍵を握るのは大陸からやってきた渡来人。
縄文時代から弥生時代にかけては大陸から多くの渡来人がやってきた時代です。
そして、その時日本にやってきた人々ともともと日本にいた人々が入り混じり、顔つきに変化が起こったのです。
弥生時代の人々はいくつかのタイプに分けることが出来ます。
北九州弥生人、南九州弥生人などがその分け方の例。
そしてその人々の顔つきと住んでいる地域を比べると、渡来人が多かった地域とそうでもなかった地域とで顔つきのタイプがはっきり変わっていることが読み取れるのです。
縄文時代から弥生時代にかけて変わっていった人々の顔つきは、当時朝鮮半島や中国大陸からきた渡来人が多くいたこと、そしてそれによって新たな文化が日本にやってきて、人々の周りを取り巻く環境などが変わっていったことすらも指し示しているのです。
